2005年02月16日

自らが「情報戦(プロパガンダ)」を担ってしまった?野良猫氏

少しの間に野良猫さんのエントリー、コメント欄が活発になっている。
http://ch.kitaguni.tv/u/6508/%c0%af%bc%a3/%c0%ef%c1%e8%c0%d5%c7%a4/0000181404.html

しかし同コメント欄は野良猫さんの「技のデパート」となりつつあるようだ。その技のほとんどが詐術的技法なのだが。時間ができたら検証してみよう。今はちょっと時間がないけど。

コメント欄を読みながら思ったのは、野良猫さんはなぜこう能弁なのかという疑問だった。
問題は能弁の中身だ。なぜ、ろくに調べもせずに断定的に語ってしまうのか。「状況証拠のようなもの」を根拠に断定的な物言いができてしまうのか。一部を全体にすり替えて断定的に語るのか。大胆な論点ずらしをするのか、誤りを指摘されると、それを棚に上げて別の印象操作をはじめるのか…。

どうやら鍵は「情報戦」にあるような気がする。
野良猫さんは「情報戦」を意識せよ、と繰り返し述べる。情報戦に気を付けろ、と。
しかし客観的に見ると、野良猫さん自身が悪い意味での「情報戦」の担い手になりつつあるように思えてならない。一人プロパガンダ機関というか、自発的プロパガンダ機関というか。そうだとすれば、詐術的技法を頻発に多用するという現象も理解できる。事実の検証などはどうでもよく、政治的に有効かが重要なのだろうから。

時間がないので続きは後日。









posted by 十条 at 04:00| Comment(27) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月12日

著しくリテラシーの低い人

いきなり「論点先読み」のレスをいただいた。

2月8日「出来事を脳内で「創作」する人のケース(1)」に対し、野良猫氏からレスである。
http://ch.kitaguni.tv/u/6508/%c0%af%bc%a3/%c0%ef%c1%e8%c0%d5%c7%a4/0000181404.html#c235170

>基本的に、十条さんは『少なくとも決着はついていない』という考え方らしい。

指摘しておこう。明らかな「論点先読み」である。

★十条の2月8日エントリーを再掲しよう。
>事件の実態について検証する為の議論は、実質的に終わっているという事だ。
この野良猫氏の断定的主張が全くわからない。新刊の有無と議論の継続は別の事象であり、新刊の不在が議論の終了を証明できるものではない。

「新刊の不在」を百回唱えても、それは議論の終了を意味しない。そういう意味のことを述べたまでだ。
私の見解として『少なくとも決着はついていない』とは全く述べていない。

どうやら、野良猫さんは著しくリテラシーが低いらしい。
同様のことをコメント欄でもやっている。

(野良猫)今は最大でも4万人という「中虐殺説(分類上)」がかろうじて残るだけで、藤原彰や笠原十九司の主張を支持する人は稀ですが、これにはどうお考えですか?

(名無)「かろうじて残るだけ」「希」の根拠がわからないよー。どうやってわかるのそんなこと。

(野良猫)ふむふむ、つまりあなたは「大虐殺派」の主張が未だに主流を占めているとお考えなのですね?


ちゃぶ台ひっくり返し戦術のつもりだとしたら、あまりにも稚拙で子供っぽい所作である。
※ 便宜上2月12日エントリーにした。






posted by 十条 at 00:45| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月11日

「稀である」と(おそらく勝手に)決め付けてしまった人

すでにコメント欄にて先を越された感があるが、野良猫さんから、またもやすごい発言が飛び出したようだ。とりあえず「稀ですが」発言と読んでおこう。

 今は最大でも4万人という「中虐殺説(分類上)」がかろうじて残るだけで、藤原彰や笠原十九司の主張を支持する人は稀ですが、これにはどうお考えですか?

「どう考え」る前に、そもそも「稀である」という根拠がわからない。全国意識調査でもしたというのでしょうか? どこでどう調べた上で、「稀である」という認識が出てきたのか皆目見当がつかない。答えようがない質問である。



ついでにこちらの質問にも返答しておく。

十条さんは「南京事件」をどんな実態だとお考えですか?

まず、質問の文章は日本語として珍妙なので、質問の意図がいまいちわかりません。とりあえずお答えしておくと、私は南京事件を37年12月13日前後から日本軍が南京市で行った不法殺害・強姦・略奪・放火などの事件の総称と認識しています。それぞれの正確な規模については、現時点の私にはわかりません。
posted by 十条 at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分の見解を保持できなくなり、目先を変えようとした人

野良猫氏のレスの以下の部分には、少なからぬ人が驚いたと思う。

どんな本を出してくるかと期待していましたが……。

いやいや野良猫さん、あなたが「どんな本を出してくるかと期待していた」などと、おそらく誰も思っていなかったと思いますよ。なぜなら、

こうした流れは、朝日がNHK問題で沈黙を守っているケースと同様だと考えればいい

と述べていたのですから。あなたは朝日NHK問題と同様の「沈黙」について述べていた。
そして「沈黙」という認識の根拠が「新刊の不在」だったのだから。以下のように。

強制連行説を掲げる本や、30万人説や戦後補償を訴える本は書店ではまず見かけない。理由は単純で、新規に出版される本がほとんどない為でウヨクの陰謀などではない。事件の実態について検証する為の議論は、実質的に終わっているという事だ。


つまり、「新刊の不在」→「沈黙」という現象があり、「こうした流れ」はNHK問題と同様と野良猫氏は述べていた。
ところが、新刊は実際に存在していた。ということは「沈黙を守っているケースと同様」という主張は前提が崩れてしまった。

しかし、以下の言葉はハッタリとしてもあまり上手ではない。

あまり「あるもん!」と強弁しにくい現状のようですが、いかがでしょうか。

別に強弁する必要はない。淡々と「新刊は存在しました」と述べた。「NHK問題と同様の沈黙」という見解を野良猫さんが保持できなくなった。そして目先を変えようとした。多分多くの人にはバレバレだろう。それだけのことである。



posted by 十条 at 19:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月08日

出来事を脳内で「創作」する人のケース(1)

「野良猫の備忘録」は「ブログ主がどんどん出来事を『創作』してしまうブログ」として昨年某所で話題になっていたブログで、ある種の笑いを提供してくれる「楽しい」ブログである。

最近。ブログ主さんの「創作」癖がカムバックしつつあるようだ。
http://ch.kitaguni.tv/u/6508/%c0%af%bc%a3/%c0%ef%c1%e8%c0%d5%c7%a4/0000180733.html

>従軍慰安婦や南京事件の議論っていうものは、基本的に数年前にほぼ終結している。

この部分はとりあえず読み飛ばす。どういう議論が終結しているのか、私にはわからない。
>強制連行説を掲げる本や、30万人説や戦後補償を訴える本は書店ではまず見かけない。
>理由は単純で、新規に出版される本がほとんどない為でウヨクの陰謀などではない。
南京事件については(ウヨクの陰謀を引き合いに出すまでもなく)そもそも洞氏に始まる日本の南京事件研究者でいわゆる30万人説を唱える人はいないのだから、30万人説を訴える本が書店に並ばないだけの話である。
これは今に始まった話ではなく戦後不変の現象だと思うのだが、野良猫氏にはつい最近の現出した事柄に見えるのだろうか、よくわからない。

>事件の実態について検証する為の議論は、実質的に終わっているという事だ。
この野良猫氏の断定的主張が全くわからない。新刊の有無と議論の継続は別の事象であり、新刊の不在が議論の終了を証明できるものではない。

それ以前に、南京事件の実態について検証する書籍は、いわゆる肯定派に限っても近年刊行が続いている。2001年にはドイツ外交文書館所蔵の関連文書をまとめた「ドイツ外交官が見た南京事件」(石田勇治訳著、大月書店、332頁)という史料性の高い書籍が出され、吉田裕氏と笠原十九司氏が長文の解説を寄せている。2002年には16師30旅団の元兵士への聞き取り記録「南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて」(松岡環編、社会評論社、337頁)、2003年には南京での聞き取り記録「南京戦 切りさかれた受難者の魂」(松岡環編、社会評論社)が相次いで刊行されている。
つまり、いわゆる肯定派とされる研究者の史料や証言掘り起こし作業は2000年以降も継続していることが確認できる。

したがって、次の文章で野良猫氏が言う「こうした流れ」は、野良猫氏が頭の中で「創作」したものだとほぼ断定できる。

>こうした流れは、朝日がNHK問題で沈黙を守っているケースと同様だと考えればいい


このように自分で「脳内創作」した「こうした流れ」を前提に、野良猫氏は以下のように述べるが、前提が「創作」である以上、一般論以上の意味はない。

>新聞社や知識人は仮に間違っていたとしても、自らの過ちを認めるケースは少ない。本多勝一も「ソ連は崩壊した。社会主義者たちは自らの過ちを認めて反省の弁を述べるべきだ」と主張してきたが、自らに関しては何も触れようとしない。
>結局は、彼らを信じた読者が一番損をする。だからこそ、イデオロギーや願望にすがらずに冷静に検証できるメディアリテラシーという姿勢が求められる時代となってきた。


メディアリテラシーという姿勢は確かに重要で、それは「野良猫の備忘録」というブログに対しても非常に重要だろう。

例えば先日、野良猫氏は「日韓基本条約の内容が韓国で正式に公開されたらしい」と発言したが、私の知るところでも韓国外交通商部のサイトにて10年前から公開されており、結局「らしい」と推量で語っているとはいえ、野良猫氏は「正式には公開されていなかったらしい」なる出来事を「創作」したのだった。

結局は、野良猫氏の断定的物言いを信じた者が一番損をする。だからこそ、あのブログにおいてもイデオロギーや願望にすがらずに冷静に検証できるメディアリテラシーという姿勢が求められる。

野良猫氏によって「創作された出来事」については、今後も折りを見て紹介しる予定。
posted by 十条 at 02:31| Comment(1) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月24日

興味を持った議論(1)

ブログ「コリアン・ザ・サード」での議論
http://korean3rd.seesaa.net/article/1662955.html


posted by 十条 at 18:31| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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